SNSの性質
SNSを利用することが当然であるかのような時代になりました。ただそこには色んな感情が絡み合っていて、ある人は異性との出会いを、ある人は同じ趣味を持った仲間を探しているのです。人に自分の日記を読ませてコメントを貰い、自分は孤独じゃないんだと言い聞かせるようにしてSNSを大いに利用します。
けれどもSNSを利用している人たちに出会いを求めている人が実施にどれくらいの人がいるのでしょうか?出会いは探さなければなりア1千が、はたしてほんとうにSNSをかつての出会い系サイトの代替え品として何不自由なく利用し目的を果たすことができるのでしょうか?
出会いを探す人の執着心
何が何でも出会いを探してやるという、出会いへの執着心が強い人はSNSで禁止されていようがいまいが必ずそこで出会いを探しだします。執着心とはそういう事です。そこには大きな罠がありました。
やはり、どんなに言葉のやりとりをかわしていても実際に会った時にはなんだかイメージが違うといって、見たこともない相手の異性を勝手に思い描いき自分の中での勝手なものさしで現物とくらべます。こう言ったことをしているうちにだんだん自分の出会い探しへの執着心が解らなくなってくるのです・・・SNSの罠はココにあります。
言葉だけでコミュニケーションをとっているものですから、自分が楽しいと感じてさえいれば二人の間に盛り上がりを感じるのです。いざ会ってみると会話が弾まない、話したいことも得にない、ただでさえイメージとちがう人物と言うことに動揺を隠せないでいる・・・勿論その人とは何も進展しなかったことでしょう。しかし不思議とまたおなじSNSで知り合った異性とおなじことを何度も何度も繰り返しています。
SNSの本当の使い方
SNSを使いこんでいると自分があたかも色んな人と出会っているような錯覚を起こします。まるで色んな人を一度に見ているかのように感じてしまいます。よくよく考えてみると合コンと何ら変わりません。一度に実際に会う人数が多いか少ないかの違い。自分が思い描いている理想の的からはずれればまた次の出会いを探すんです。最初から出会いなんて探さなければいいのにとさえ思う瞬間を味わう羽目になっていることにもいづかないで人のことばかりを棚にあげる。自分の何がダメなのかをかんがえようともしない。
なんで出会いをたくさんあるのに結果を出せないのかも考えないで、客観的に自分を見ようとしないし客観的に見たとしても何かに気付くことがない・・・出会いがない人の一番の原因であることをそもそも理解していないのは自我が強すぎる人なんだという事と大きく関係してるんだと思わなければ実施には何もはじまらないでただ地団太を踏んでいるだけの状態がずっと続きます。